2017年5月30日火曜日

職場実習にて

職場実習に同伴しました。小売業の商品の品出し、陳列、並び替え、最近はまとめ買いも多く、パッケージを開けないと当然つみあげていく重さは増していきます。お客さんが増えると質問も増えます。たった3時間の中でも物語があります。やってもやっても終わらない作業に嫌気がさすこともあります。しかし、並べたものが売れていくと、「ごめんねー」と言いながら商品を手にしてもらうと、それはやはりうれしいものです。もっと気持ちよく商品を取ってもらおう、ラベルが並んでいるとそれだけでうれしくなることもあります。

働き甲斐ってのは人それぞれだろうと思います。時間や休みの量だけで決められるものではありません。作業にやりがいを見つける方がいれば、お金でやりがいを見つける方、人間関係でやりがいを見つける方。さまざまです。そういう多様な意味を持つ作業だからこそ、個別性が求められると思います。

まだまだ職場実習は続きます。また明日も働きます。お疲れでした。

2017年5月26日金曜日

タイム株式会社さんにおじゃましました

今日は中小企業家同友会でお世話になっているタイム株式会社に企業見学にうかがいました。「障害を持った方ができる作業があると思うんだけど。」という一言で始まり、今日は18名も市内の障害者就労支援人たちが参加いただきました。
精密機器を作る企業でして、機械で大部分はできるのですが、やはり最後は人の手が必要。人の手というのはみんなが同じようにできるのではなく、その作業がとってもできる人と、難しい人がいて、育成もしていかなくちゃいけない。幅広く地域の人材と一緒に働く環境を作りたい。ということから、今回の障害者の方の働く場としてどうか?ということになりました。
作業内容もさることながら、かなり煩雑な仕事なのにきれいに整えられた作業環境。冗談を言い合ったり、家事や家族の作業も行う女性のパートさんの意見も積極的に取り入れていて、とても居心地の良さそうな雰囲気作りをされていました。
私たちは障害者が働く場、働く環境を整える、とかっていいますが、働くというのは人生を構成する一部分(大部分でもありますが)です。雇用される人にとって働くことが充実すれば他の…例えば家事とか育児とか余暇とかが充実するかもしれないし、バランスのとれた生活ができるかもしれない。障害があろうがなかろうが、働くことが充実すれば障害の部分が少なく感じられるようになればいいなと思うし、人にとって働くことが平等に行なわれたらいいなと感じます。タイム株式会社さんは、そこに向かって行動を起こしている職場だなと感じました。
この縁を多くの方と共有できてよかったし、次につながる未来を感じることもできました。縁はつながることもいいのですが、育てていかなくちゃいけないなと感じます。すこしずつですが歩みを共にできれば、と感じます。

2017年5月25日木曜日

約半年ぶりのブログだわ

なんとなく始められてなんとなく終わることのできるのがブログのいいところかなと思いますが、なんとは約半年ぶりの投稿。これまでも届くことのないラブレター(って死語かな?)を書くかのように書いたことがありましたが、今回は投稿できそうな気がする。

今日はいろんなことをした一日でした。午前中はお久しぶりに参加する方がいて、とてもうれしかったのと、でもちゃんくす以外の場所で楽しめることができるようになっていて、もう卒業かな…とも思いました。当たり前でいいことなんですが、その方が来るととても場の雰囲気が良くなるから、ロス感たっぷりです。でも、成長した姿を見て、自分たちの役割の終了を感じることはやっぱりうれしいものです。

午後からは就労支援のネットワーク会議に参加。車で40分くらいの世羅まで行っていました。高齢者施設で清掃の仕事をしている障害者の方のお話でした。それまで障害者の雇用なんて考えてもみなかった企業が、障害者と共に働くことで自分たちの経営理念を高めていこうとする姿勢と、そこに対話が十分になされていて本当に驚きました。対話(ナラティブ)から始まる支援なんて、なかなかできるものではないのですが、障害者の方が意欲的に社会参加している姿を聞いて本当にいい支援をしているなと思いました。そこに「病名」や「障害像」という言葉はなく、「家族」「夢」「目標」という誰しもが持つ当たり前のことをしっかりと確認しながら一歩一歩進んでいました。

最後は広島県中小企業家同友会三原支部の総会でした。基調講演をされた方はお米屋さん。お米で笑顔にしたい。一言に凝縮された経営理念のもとで行動(作業)が生まれている。右手にロマン。左手にそろばんを持って経営。どれも、私にとってはできていないことです。自分っていったい何やってるんだろうって感じる講演でした。

帰りがけ。朝から降り続く雨が自分に語り掛けるような気がしました。恩師が年賀状にくれた言葉。もっと高みを目指してください。高みを目指すためには、足元を見なくちゃいけないことを学んだ一日でした。そう思うようにしてくれたみなさんに感謝です。

2016年12月9日金曜日

教育機会確保法が可決されました。

教育機会確保法が可決された。議員立法であるこの法案は、期待が大きく義務教育が学校以外の場所で行われることを認めるような法になりそうだった。個別支援計画を親が作成し、公的に認められればそれでフリースクールなどで学ぶ機会を認められる…などもあった。しかし、その大部分はなくなってしまい、どちらかというと連携や支援の在り方が文章化されたような形になった。期待が大きかったぶん、残念なところも多いが、これはこれで一歩前進だろうと思う。
しかし、私がとってもとっても気になるのは、不登校の定義だ。不登校がどうもその子どもの心理的身体的な要因で生じているような書き方で、まるで学校という環境には言及していない。人は環境の生き物であり、環境や作業の不調和が生じて人の健康の状態も変調をきたす。ICFになったのもそういう考え方だ(よね?)。実は、時代が変わっても、子どもの数が減っても、学校の数が変わっても、不登校の割合はそんなに変わらず高止まりしている感はある。そういう人たちが「不登校」という名称でくくられて、またある集団に押し込められて、そこに支援だなんだとお金をかけるだけの制度になりかねないようにも感じる。結局はマイノリティーに対して数の理論で集団を形成してしまい、人員配置と予算配分という行政的に「やってます」という制度になりゃしないか。
不登校対策法じゃないか!反対だ!という人たちもいる。しかし、法律としてなんらかの形で成立しないと、何も始まらないのも確かで、ある程度の評価はされる。
障害児だから特別支援学校(学級)に行って下さい。不登校になったから、みんなと違う所で過ごして下さい。それを認めてあげてるでしょう。そうではなく、多様な学び方、多様な理解の仕方を認め合いながら、共に学びながら社会を形成していく機会を作っていかなければならない。変わるべきはいったい誰なんだろうか?

2016年11月30日水曜日

忙しいと忘れる。

今日もてんこ盛りの一日でした。最近ちょっと後手後手に回っているので、できるだけ準備をして臨みたいけど集中力の欠如か、時間がかかる。

そんな中、とある閉園した保育所に仕事で行った。たくさんの三原で育ったお子さんが幼児期を過ごした場も主人公がいなければ寂しそうだった。現役を引退していて、いつか崩されるのを待つ姿が痛々しい。先日のうまいもの市で利用された三原幼稚園は新しい機会を作り出す場に生まれ変わろうとしている。やはり場はそこで人が何かをしないと(人が作業をしないと)機会は生まれない。当たり前のことを感じたけど、いつもその重要さを忘れてしまう。

大事なのは、人が何かをしようとすること。自分は何をしようとしていたっけ?ときどき立ち止まって振り返る時間も大切かも。

ちなみに…
「したごころ」は心の上に何かを乗せる。「忘」は自分で自分の心をなくしたので「わすれる」。

「忙」は他のものに心を奪われるので「わすれさせられる→それほどいそがしい」。「へん」としてのこころ(りっしんべん)は「心に何かが寄り添う」→「心が外的なものでどうかした」から「いそがしい状態を表す」そうです。

どちらにしてもあまりいい状態ではないので、ちょっとちょっと休みながらいこうかなと。

2016年11月20日日曜日

三原幼稚園はすごかった


以前からことあるたびに、この場所は三原の財産だ。と言い続けてきた私立三原幼稚園。閉園こそしていないけど園児も先生もおらず、実質機能していない場所です。高度成長期にある三原のベッドタウン「本町」の真ん中に位置し、その世代の園児は憧れの場所だったらしいし、卒園児も多いです。そんな場所に今日初めて堂々と入ることができました。
こじんまりとした園庭。土地の段差を利用した建てられた建物。高さがある分だけいろんなことが見渡せるポイントがいくつもあって、きっと小さいお子さんにはそれだけで気持ちよかったに違いないと。子ども歩幅に合わせた階段(大人はよく引っかかっていました)。お寺の幼稚園らしくお墓と同居したスペースに、遊び場。本当にいい場所でした。


そんなところに、テントやら園舎の中でワークショップや地域の物産。人と人が混ざり合うことで場が作られる時間に参加できてよかったなと思いました。

住宅街の中に幼少期のお子さん。今の時代は、子どもの声が騒がしい。送迎の車で事故が起こるのではないか。などなど保育所や幼稚園を取り巻く環境は厳しいです。が、この幼稚園は地域に愛された場所なんだなと思いました。

子どもが遊ぶ場にお墓があり、人の死を感じることもできる。きっと縦軸にも横軸にも地域とつながっていたんだろうなぁと。

また、どこかで触れ合えればいいなと思いました。ありがとうございました。

2016年11月10日木曜日

スーパーチューズデー

アメリカの次期大統領が決まった。予想や大手メディアの調査でこれまでも接戦が伝えられていたが、最後にはヒラリー・クリントンさんが大統領の座を射止めるだろうと言われていたが、反してドナルド・トランプさんになった。本当に一晩で結果が変わっていて驚いた。
アメリカ合衆国は移民の国だ。最初に世界史に登場した時は「インドに着いた!」と勘違いしていまだに原住民は「インディアン」と呼ばれ「西インド諸島」なんていう地名まで残っちゃっている。
その後、主にヨーロッパから移民が後を絶たず、現在の合衆国が生まれている。ですので、いろんな文化が混ざり合って集団ができている。
また、地理上も海に囲まれた地域である。カナダはフランスからの移民が多く、いまだに英語とフランス語で表記されている。
ここでいう、文化とはそれぞれの地域や民族の風習になることをさすが、別に日本だっていろんな文化がある。いや、世界中で個人にはいろんな文化を持っている。今週の火曜日はそれを感じた一日でした。

まずは、斎藤工房さん(写真)。今年も県立広島大学の学園祭で視聴室を設けさせていただきます。今回も「こだわりの音」もですが、看板が違います。なんだかかわいいし、みんなにどのように見られたいかを意識した看板になりました。これまでは、どちらかというと自分のやりたいことを看板にしているような印象でした。が、他の人に見てもらいたい。そのためにはどういう見られ方が必要か?と考えた挙句のデザインになっています。

今回は画像には出しませんが、もうおひとりは絵画。好きな絵を描き、自分の時間を作っています。だいたい月に1本製作していて、途中で終わってしまうものもたくさんあるのですが、今回は真っ白なキャンバスに規則性のある線画。右肩上がりの感じの並び。今までの彼の作風の延長線上なんだけど成長を感じる1枚になっています。

そしてもうひとつは文学作品の短編小説。これにはまいりました。彼はどちらかというと物静かな方ですが、こんな体験をして、それを自分が生まれ変われるような可能性としてとらえられていることがすごかった。集中力もすごくて、誰の声も入らずひたすら書いて約2時間で仕上げてきました。私が読んだ後に感想を…と言われたので「あとがき」を書いて欲しい。というと、このあとがきがすっごくよかった。

大統領の選挙が行われるのが火曜日。スーパーチューズデーは予備選挙の呼称。ちゃんくすのスーパーチューズデーは個人の作業の表現が一気に咲いてきた一日でした。