2012年4月11日水曜日

地域と作業とまちづくり(長いです)

駅前という場所の意味が変化しつつある。このことを強く意識したのは,市役所で行われた委員会の中で,ある委員の一言でした。

これまで駅前は,商業や経済の街でした。公共交通機関が発達し,大量に人が移動できる電車やバスを降りたらデパート,商店街があり,お店に入ると自分の購買意欲や食欲を満たすためにお金を支払う。お金がたくさん通過する場所では,土地の値段があがり,土地の価値で固定資産税を得ることができ,時代に大きく左右されない固定収入が行政には入り,それをインフラの整備など市民の生活を豊かにするような施策をする。これが,昔の駅前の役割でした。

しかし,現在はひとり1台は車がある車社会。自分の思った時間に,思った場所にいくことができます。次第に大量輸送ができる公共交通機関には人が乗らなくなり,商業の中心地は郊外へと移っていきました。その結果,駅前には人が寄らなくなり,土地の値段は下がり,固定収入は得られなくなりました。郊外型の大型店舗はチェーン店がほとんどですので,法人税は市町に入らず,中央である東京などの大都市に流れる。駅前という場所は,どこもこのような時代の中で「中心市街地」というブランドを失いつつあります。

一昨年,若者にアンケートをしたことがあります。中心市街地である駅前に人の賑わいをもたらすために,どのような施設があればいいか…。返ってきた答えに「駅前はもともと人が来ないので,なぜ今更人の賑わいを駅前に作るのかわからない」というのがありました。現在の高校生くらいは,駅前=閑散…というイメージもあるようです。

私は作業療法士ですが,作業療法のこれまでの歴史では障害や病気により身体や精神の機能障害に対する訓練や治療という意味合いがありました。以前の機能に戻すための介入です。しかし,機能が改善しないことも多くあります。障害と一生をともにしながら,自身の生き方を進めていかなくちゃいけないことも多いです。元の姿に戻すのではなく,病気や障害を持ちながらも,それと一緒に,自分の生活や仕事や趣味ができるようになるのを援助するのが作業療法士です。

駅前も似たような状態なのかなと思います。新しい価値観や意味合いを持つことが必要です。どんな価値観や意味合いを持つことが必要なのでしょうか。今そこにある物を使いながら新しい価値観を持つこと,顔と顔が触れあいながら楽しみを見つけ出すこと,人のアイデアがすぐに形になって輪の広がりを感じられるようになること…。駅前の新しい役割なのかな,と思っています。その中心には,やはり「そこ(三原)」で「やってみたいこと」を実現することかなと思います。「やってみたいこと」や「チャレンジ」には年齢も性別も社会的地位も何も関係ありません。いろんな人が混ざることのできる地域ができるのでは?と思っています。

長文失礼しました~。

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